お侍様 小劇場

   “虚実錯綜” (お侍 番外編 92)
 

      



 皇女を襲った賊は やはり、本国にて反体制組織が立ち上げた一派の息の掛かった存在だったそうで。現在の急な情勢変化が起きるより前に日本に来ていたものだから、関係筋による危険分子へのチェックにも、何とか引っ掛からずにいたらしい。本人はそんな存在であれ、誰か本国とのパイプ持つ者との連絡なくしては、こうまでの仕儀を構えられるはずもなく。どんな経路でこたびの急襲を担ったものか、凶器の入手手段も含めて聞き出すべく、警察…ではなくの外交関係の公安課へと引っ立てられていったという事後処理を報告され、

 『ご無事で何よりですよ。』

 怖い想いをなさっただろうが、こうまで派手なことをしでかした以上、その事実がこちらへの切り札にもなりますと。か弱い皇女を襲った暴漢というだけでも、非難されて当然の所業。それをかざして国内の危険な一派へと攻勢をかけられるのみならず、この国の関係筋へも応援を頼みやすくなるというものでと。皇女づきの側近でもある大臣が、安堵余りある反動からか、珍しくもやや饒舌になっていたのを、ぼんやりと聞き流していた姫君が。ふっと…脈絡なく立ち上がったのへは、さすがに周囲の人々も気づいたようであったけれど。

 「…何だか落ち着きません。風に当たって参ります。」

 大丈夫、此処はよその大使館ですから、勝手も判らぬところへまでは分け入りませんわと微笑って見せて。それでも侍女を一人ほど従えて、騒ぎのあった方ではなくの、そのまま高台にある敷地の縁に張り出す格好の、テラスの方へと運び掛かった姫ではあったが。

 「…っ。」

 いつの間にだろか、唐突な雨が降り始めていた夜陰の中。そんあ雨脚を照らし出し、窓の外、こちらの屋敷の門前へとすべり込むよに駆けつけたハイヤーがあり。それがから降り立った人へと駆け寄ったのが、先程の騒ぎのおり、自分を間近で庇ってくれたお人のお仲間だったのへと目が行った。この大使館にも日本人が多数おいでだが、そんな彼らとは明らかに何かが異なる、所作や行動に一縷も無駄のない人たちなのだというのが、説くに際立っておいでだったため。さまざまな場面で護衛に囲まれて育った皇女には、その差異が容易く嗅ぎ分けられたのでもあって。

 “………あ。”

 微妙にこわばった顔付きのその人は、この国の住人にしては随分と明るい髪の色をしており。異国の存在である自分が違和感を覚えるのも妙なものと思いつつ、そんな人影の向かった先をついつい追ってしまっていた。

 「姫様?」

 侍女は当然、不審がっていたようだが。曖昧ににこりと頬笑めば、その端正な美貌が功を奏してか、真っ赤になってただただ従ってくれる他愛のなさよ。更紗のブラウスにシンプルなセミタイトのスカートという、地味ないで立ちも手伝ってか、窓の外に用心のためにと立ち居を続ける警護の人々の目へも立っては見えない様子なまま、この館の…あまり使われてはない客間や予備室が集まる一角を目指して進めば、静かな廊下のどこからか、秘やかに低められたそれながら、人声がかすかに聞こえて来た。

 「………。」

 たった一度しか聞かれはしなかった声だったが、つい先程、それもその主から護られた間合いに聴いただけあって、取り違えるはずもなく。その感覚を杖にと足を速めれば、さして進まぬうちにも、とあるドアの手前へと辿り着く。使用人たちの使う区画というほど奥まってはないが、少なくとも単なる招待客に過ぎぬ自分は導かれたことのない静かな一角。長逗留を見込んだ人物の寝起きに貸すのだろう、そんな位置どりの部屋であり。桜材だろうかがっしりした扉の向こうから、微かな人声が聞こえてくる。

 「…ですもの、驚きました。」
 「さようか。」

 それは悪かったなと、軽く責められたのへの謝罪を返したそのお声は、そのまま、

 「だが…お主へ連絡つけたということは、
  儂はここでお祓い箱ということだろうかの。」

 日本語はこれでも幼いうちから学んでいたので、例えば性別が違うというだけでも同じ言いようが微妙に異なるほど、色々な言い回しがあるというのも知ってはいたが。その男性のお声が紡ぐ文言には、時々意味を拾いかねるほど古い言いようが入り混ざっており、それは雄々しくも達者な所作を発揮した人物じゃああったが、

 “案外とお年を召している人なのかも?”

 それとも古風な武道か何か、嗜んでおいでの人なのかも? そうと想いを巡らせている間にも、お相手あっての会話は続き、

 「随分と無茶な護り方をなさったというじゃありませぬか。」
 「何だ、そんなところまで聞いたのか?」

 誰が聞いてる訳でもない会話だからか、特に意識してのひそめられちゃあないけれど、少し若いめの淑やかなお声が 仄かに詰ったのへと。隠し立てをした訳じゃないぞとの含み滲ませた、くすぐったそうな声が返ったものの、

 「身を呈すという護衛は、守られたお人を怖がらせてしまいませぬか?」
 「そのような気の弱いお人ではないという話だが。」

 彼らの会話の俎上に上がっている“対象”というのが、他でもない“自分”を指していると判るものだから。面映ゆげに頬笑んでしまった姫だったものの、

 「では。そのように庇ってもらえるのだから大丈夫という、
  危険な刷り込みがなされてのこと、
  もっとずっと無茶をするお人になったら いかがしますか。」

 護られている身だから出来る無茶だのに、そんな感覚さえ鈍っての末に、自身の能力をも過大なものになったような誤解を招く恐れがあります。それこそそんなお人ではないのでしょうが、

 「撤退を選んだ英断を、単なる弱虫の逃げ腰としか把握出来ない、
  極端な勇気しか知らないような、視野の狭い身にしてしまいますよ?」

 “………っ。”

 それが個人的な事への対処なら、それこそその人の矜持に沿ったものを選べばいい。ですが、多くの人々にとっての希望の対象であられる方なら、そんな近目なことでは先々で困りませぬか? と。

 『姫様、どうかここは引いて下さいませ。』
 『あなたが害されれば、それこそ相手の思うツボだとは思わないのですか?』

 ときに苦言を呈してでも この身を庇い、無事なままお逃げ下さいと。それこそ力づくでこちらの意志を押し込めてでも、安全なところへの退避をと強いる人々を、この私をそんな腑抜けな姫とするつもりかなんて、腹立たしく思うことがどんなにあったか知れやしない。蓄積浅い小娘のプライドなんかでは計り知れない、突発事態や奇矯な敵は多数あり。数多いる王政支援派の人々の、理想や意志を形にする存在なればこそ、個人的な快・不快や虚栄心なぞからこの身を損なってはいかんのだと、そこまで考えることの出来る身にならねばならぬと、

 “………学んだ筈だったな。”

 驕るのではなくの威風堂々と。人を導き、国を導く存在にならねばならぬというに、今はまだ力及ばぬという現状を見もせず、意固地な感情のみにて引かぬと駄々をこねては周囲の人らを困らせて。

 「…姫様?」
 「なんでもない。」

 急に黙りこくってしまった美貌の主人。聞こえるお声の意味は、あいにくと侍女には判らなかったらしく。気分を害されるような内緒話であったのでしょかと、切なげに眉を寄せた幼い彼女へ、そんなお顔をしちゃあダメよと、殊更ににっこりと口許をたわめて見せると、

 「さ、爺が待っている。」

 そろそろ外回りの安全の確認もなされたろうから、逗留先のホテルへ戻ろう。こちら様へのご迷惑、これ以上かけてはならないし、

 「ホテルのルームサービスの、カスタード・ロールケーキ、
  22時を過ぎると、パティシェが帰るのかオーダーさせてくれませんものね?」

 ふふと悪戯っぽく微笑った姫だったのへ、つられて少女も笑い返して。屈託のない姉妹ででもあるかのように、来た道を戻っていった二人であり。母国の重々しい状況下を知って以降、ついぞ見せなんだ朗らかな笑みが戻った皇女へは、ホテルの方で待ち兼ねていた側近のかたがたも皆、一体どのような奇跡が起きたやらと、内心で ほうと胸を撫で下ろしておいでだったという。





       ◇◇◇



 そんな姫様の気配が遠ざかっていったのを、黙ってお背
(せな)で追っていた七郎次が、もう戻ってくることはなかろと見切ってのこと、その撫で肩をほうという吐息とともに落として見せれば、

 「戻って行ったか?」

 寝台のうえ、身を起こしておいでの御主様が、やはり小さく頬笑んでおいで。護衛官としての堅苦しい型のシャツのままというのが、いかにも負傷したまま運ばれましたという混乱の余韻を感じさせるし。物のたとえなんかじゃあなく、あまりに開放的な場にて、ああまでの力技を繰り出さにゃあ敵わぬような、無理な庇いようをした結果、

 「肩に掠めたんでしょうに。」
 「ああ。お祓い箱になろうというのは、偽りなしの本音だ。」

 だから、お主がこうまで直接的な場へ呼ばれもしたのだろうしなと。もうお務めからは離れるからこそ許される自由かを口にした勘兵衛だったものの、

 「  、〜〜〜〜〜痛い痛い痛いぞ、シチ。」
 「痛いように掴んでおりますので。」

 当たり前ですと、返ったお声が単調なのがまた、何とはなくくぐもった感情を、そこへと忍ばせているかのように聞こえなくもなく。膝へと上掛けが掛かった格好で座っている勘兵衛の、頼もしい肩へ白い手のひらをポンと置いたそのまま、グッと握った七郎次であり。つまりは、その真下に問題の銃創があるのだろう。勿論のこと、大した怪我ではなかったからこそ、こんなことをした女房殿。掴んでいたのもほんの数秒。すぐにも力を緩めると、も一度深々とした溜息をついたのだが、今度のそれは…吐き出した吐息がやや震えていたのが勘兵衛へも届いて。

 「…七郎次?」
 「勘弁してください、こういうのは。」

 手がもう片方伸びて来て、その手も足してのこと、勘兵衛の双肩へと伸べられ直して。顔はうつむけたそのまんま、見ようによっては縋るようにしてそんなことを言い出す彼であり。

 「何の話だ?」
 「こたびの護衛の手筈の話です。」

 本来ならば、それこそ別な都合からの対処と持って行くことで彼女の矜持にも気を遣ってやってのこと、もっと厳重な護衛のしようがあった筈。だというのに、何ですかこの風通しの良さったら。

 「よお判ったの。」
 「判りますよ。
  一騒動あった後だってのに、立ち居の数や間隔があれではね。」

 一族の頭数としての名乗り上げこそしてはないが、それでも警護の基本くらいは心得ているし、倭の鬼神、島田一門の宗主である勘兵衛の間近に寄り添う存在なれば、特殊な技を持つ身でもっての、効率のいい囲い込みようとか何とかも、きっちりとその身へ叩き込まれておればこそ、

 「一歩間違えれば、皇女にも危害が及びかねなんだ危険なやりよう。
  そんな手筈をよくも向こうも受け入れましたね。
  ………いやさ、そういう手を取ってほしいと仄めかされでもしましたか?」

 「シチ。」

 一族の人間じゃあないのに、そこまで言及するのはさすがに差し出がましいと、七郎次とて判ってはいた。それでも…黙っておれない彼だったのは、結果としては無事で、飄々としたお顔でいるこの御主こそが、自分を含めての“他”はどうでもいいほど大事な存在だからであり。

 「多少は危険な賭けになるかも知れないが、
  それこそ体を張ってでも守れると見越されて…だというのなら。
  勘兵衛様には朝飯前なことでも、私は…わたしは………。」

 すんと、息をすすった気配がしたのへと、ああまたしても この子へ大変な心配をかけたらしいとの自覚をした勘兵衛。我慢強い筈の彼だのに、こたびは…不遜と判っていても言わずにおれぬほどもの逼迫、その胸へ抱えさせたのかと思うと。どんな深手を負うよりも辛いし苦しいという気分にもなる壮年殿で。

 “まあ、素直に吐き出してくれた方がいいのだが。”

 どんな苦痛も辛抱も、その緋色の唇を食い破ってでもとの無理をして、どうあっても堪えてしまえる彼でもあるだけに。そうなるよりはマシかとこっそり吐息をついた勘兵衛であり、そして、

 “征樹か良親か。
  いやいや、もしかして
  木曽の誰ぞかが久蔵から何かしら含まされての伝令に走ったか。”

 それでなくとも政情不安な国の姫ですもの、ガードの緩いところをちらつかせれば、あるいは単純に乗ってくるよな端下者
(はしたもの)も出ましょう。そいつを取っ捕まえて、こんな輩が出たのは貴様らの差し金かって、ねじ込むことだって出来ますものねと、苦しげにまくし立ててから。だが…その手を勘兵衛の肩から力なくもすべり落としかかった七郎次であり。恐らくどころじゃあなくの、出過ぎた真似だってことくらいは重々承知の女房殿でもあるのだろうて。ただ、実際に負傷してしまった勘兵衛だとあって、そりゃあ動転してしまっての、らしくもない暴発を呈してしまっただけのこと。一気にまくし立てたことで、我に返りもしの、されどどれほどのこと胸が潰れる想いのまま駆けつけた自分だったかと、その逼迫感もまた消え去ってはないからこその、遣る瀬ない気分になっているのだろ彼のその手を、離れ切るすんでのところで捕まえた勘兵衛。

 「…すまなんだ。
  どんな無茶を、実際こなせたとしても、
  お主に案じさせるような失点を残すようでは、偉そうなことは言えぬわな。」

 「………。/////////」

 優しいお声も、自分を責めるお言いようも。今の七郎次には、ただただ狡いとしか受け取れぬ。自分がこんな風に失速し、勘兵衛への心配がつのってのあまり、先程ドア越しに姫様に聞かせてしまったような苦言をこぼすやもしれぬと、そこまでもが計算づくの策だった皆様なのかもなんてところへ、今になってやっと想いが至った七郎次。無論、思ってたとおりの文言を並べるとも限るまいから、その時はその時で、勘兵衛自身がそれらしい苦言を紡いだのに違いなく。

 “どこまで周到な方々であるのやら。”

 だとすれば、姫様が勘兵衛を見舞うやも知れぬことも先読みされており、その上で、自分がこうまで震え上がった心持ちまでも、こたびの策へ利用されたということにならないか。そして、それを洞察出来ても、非難は出来ぬ身なのが歯痒くてならぬ。いっそ気がつけないままでいた方がよかったか。いやいや、そうなればそうで、もっと明け透けな策も たんと準備しかねぬお人たちだと、そちらもまた読める自分が嘆かわしい。そんな胸中になぞ気づかぬままか、こちらの手を取り、その薬指にちかりと煌くシルバーのリング、指の腹にて そおと撫で。

 「冗談抜きに、
  お主を呼んだは、儂にはもう関わるなと、
  怪我を理由にとっとと帰れということだろうしな。」

 ここに勤める警護官の皆様の目にも納得の運びには違いなく、だから…お役御免だ、帰るぞということか、ベッドの端へと身を寄せて、降り立とうとしかかった勘兵衛へ、

 「………いっそのこと、
  このお怪我が治るまで家から出さぬというのはいかがでしょうか。」

 いちいち着替えるような会社でも勤めでもない勘兵衛様ではありますが、だからこそ見えないところの怪我をおしてしまわれるのが今から判っていて。それが私には、悔しくてたまらない…と。

 「…………………ダメ、ですか?」
 「〜〜〜〜〜っ☆」

 シチ。
 はい。

 そのような上目遣いはどこで覚えた。
 …………ナイショです。

 誰ぞに教わったのか?
 だったらどうなんでしょか…って、この手は何です、この手は。

 いやなに、ちょうど寝台もあることだし、
 今宵はゆっくり休んでくれと、大使夫人からも一応言われておるし。

 何が“ちょうど”なんですか何が、
 って、ダメですよ。なに、どこ触って、勘兵衛様っ。





   〜どさくさ・どっとはらい〜  10.07.01.


  *久し振りの島田さんチだったんで、
   久々の任務がらみなお話にしたのですが。
   ………どういう〆めなんだか。
   きっと“たまには甘えてみたらどうですのん?”とか、
   如月くんあたりが吹き込んだんですぜ。
   勿論、良親様の入れ知恵で。
(笑)
   女子高生話で何とかカッコよかったおっさまですのに、
   ワケ判らないすけべえにしてしまって すいません。
(ううう…)
   今日一日、
   仔猫の声がしきりと聞こえ続けたのが気になったからかもです。
   お母さんのトコへ無事に帰れたのか、
   それとも実は随分と早めの独立だったのかなぁ。
(う〜ん。)

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